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東大教師が新入生にすすめる本 2026年版──16人の教授が選んだ「最初の一冊」

毎年4月、東京大学出版会の広報誌『UP』に「東大教師が新入生にすすめる本」というアンケートが載る。1988年から続いて今年で39回目、延べ882名の教師が参加してきた老舗企画だ。2026年は16名の教授・准教授が回答し、PDFが無料公開されている。

設問は4つ。❶印象に残っている本、❷専攻選びのヒントになる本、❸東京大学出版会の本、❹自分の著書。専門にかぎらず自由に選べる❶が、教授たちの「素の読書体験」を垣間見せてくれる。

16名の回答を読み通してみると、専門の枠を超えた推薦ほど語り口に熱がこもっていた。政治学者がファインマンを語り、倫理学者が野ぐそを勧め、情報セキュリティ研究者がアガサ・クリスティに研究の本質を見出す。以下では、そうした「越境」が際立つ推薦を中心に紹介する。

政治学者がファインマンを薦める理由

法学部の加藤淳子教授(政治学)が❶に挙げたのは、物理学者リチャード・ファインマンの『困ります、ファインマンさん』(岩波現代文庫)だった。

後半で描かれるチャレンジャー号爆発事故の調査が推薦の核心で、ファインマンはOリングの欠陥を突き止めただけでなく、技術者も認識していた問題がNASA上層部に届かなかった組織の構造を暴いた。加藤教授は「人間と組織に関わるファインマンの調査は、社会科学者から見ても超一流で、真理探究において文理の相違や専門の障壁は存在しないことを実感させてくれる」と書いている。

政治学の教授が理論物理学者のエッセイを一番に挙げる。このアンケートの面白さは、こういう越境にある。

困ります、ファインマンさん(岩波現代文庫)
困ります、ファインマンさん(岩波現代文庫)

「読書とはひとりになるための手段」

認知生物学の香田啓貴准教授は、梅棹忠夫『東南アジア紀行』、金子光晴『マレー蘭印紀行』、ウォーレス『マレー諸島』と、東南アジアの紀行文を3冊並べた。

チェンマイでテナガザルを調査しながら梅棹の記述を読みふけり、マラッカでは金子光晴の旅と自分の旅を重ね合わせた。スマトラ島ではウォーレスの探検記に心を奪われて朝まで読み耽った。そして「読書とはひとりになるために必要な手段だと僕は思う」と締めくくる。

研究者にとっての読書が、情報収集の対極にある「ひとりの時間」だという告白は、活字に追われる日々を送る人ほど響くだろう。

東南アジア紀行(上)(中公文庫)
東南アジア紀行(上)(中公文庫)

星新一を「文章の手本」として読む

法社会学の齋藤宙治准教授は、星新一の短編集『ボッコちゃん』を挙げた。ただし推薦の角度が独特で、「視点を反転させる創造的な発想」ではなく「文章を書くときの手本にする」という視点で読んでほしいという。

「短い作品の中で、誰でも話を理解できるように、気取らず無駄なく平易に一文一文が書かれている」。ショートショートの名手を文章術の教材として再定義する切り口は、これから大量のレポートを書く新入生にとって実用的なアドバイスでもある。

ボッコちゃん(新潮文庫)
ボッコちゃん(新潮文庫)

SFと物理学の接点

物性物理学の小林研介教授は、テッド・チャンの短編集『息吹』(ハヤカワ文庫SF)を推した。「平凡な日々の出来事が宇宙全体の成り立ちに繋がっていくという驚嘆すべきストーリーです」。

科学読み物ではビル・ブライソン『人類が知っていることすべての短い歴史』を「研究者にとって最も大切なことは好奇心です」のひと言とともに薦めている。駒場時代のクラスメイトが書いた教科書を「彼の人柄通りの誠実で信頼できるもの」と紹介するくだりも、36年前の新入生だった自身を重ねていて読ませる。

息吹(ハヤカワ文庫SF)
息吹(ハヤカワ文庫SF)
人類が知っていることすべての短い歴史(上)(新潮文庫)
人類が知っていることすべての短い歴史(上)(新潮文庫)

野ぐそのすすめ、からの倫理学

倫理学の中野裕考准教授の推薦は、正直面食らった。❶の最初に挙げたのが伊沢正名『うんこになって考える』(農山漁村文化協会)で、「伊沢さんに倣って一度、できれば青空の下で、野ぐそをしてみましょう」と書いている。東大の公式アンケートでこれを言い切る胆力がすごい。

だが読み進めると、これが最もまっとうな問題提起だった。都市住民が自らの生存基盤を軽視し忘却する傾向への深い危機感が背景にあり、「学問も含めた社会の言説が都市の消費者の意識ばかりを反映したものになってきている」という指摘は痛い。

もう一冊の高野秀行『語学の天才まで1億光年』では、言語習得が本来「体当たりで、混沌の中での手探りの試行錯誤」だったことを思い出させてくれると述べている。

語学の天才まで1億光年
語学の天才まで1億光年

監視資本主義、パズル雑誌、退屈の倫理学

残りの回答にも越境がある。

生物物理学の矢島潤一郎教授が選んだのはショシャナ・ズボフ『監視資本主義』。「批判の対象はテクノロジーそのものではなく、それを道具として用いる人間の姿勢です」。自然科学者がプラットフォーム経済を推薦するのは、まさに「当たり前に使っているものの前提を疑え」というメッセージだろう。

情報セキュリティの山口利恵准教授はアガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件』。着目点は推理の結末ではなく「緻密な準備のプロセス」で、セキュリティ研究者らしい読みだ。一方、研究前のウォーミングアップにニコリのパズル雑誌を使っていたとも明かしている。「パズルを解いてから臨むのとそうでないのとでは、仕事の効率に差が出るほどだった」。紙と鉛筆で論理を積み上げる作業が、アルゴリズムの設計と地続きだという実感がにじむ。

会計学の米山正樹教授は、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』とダレル・ハフ『統計でウソをつく法』を並べた。「何度読んでも、すっきりとした納得感とモヤモヤ感が混然一体となった気持ちにさせられる」。読後に割り切れないものが残る本こそ何度も手に取る──それ自体が読書の本質かもしれない。

監視資本主義──人類の未来を賭けた闘い
監視資本主義──人類の未来を賭けた闘い
オリエント急行の殺人(クリスティー文庫)
オリエント急行の殺人(クリスティー文庫)
暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
統計でウソをつく法(ブルーバックス)
統計でウソをつく法(ブルーバックス)

全16名の推薦一覧

以下に、❶(印象に残っている本)と❷(これだけは読んでおこう)の推薦をまとめる。

教授名専門❶ 印象に残っている本❷ これだけは読んでおこう
加藤淳子政治学『困ります、ファインマンさん』『職業としての政治』
香田啓貴認知生物学『東南アジア紀行』ほか紀行文3冊『利己的な遺伝子』『数理生物学入門』
小林研介物性物理学『息吹』テッド・チャン『人類が知っていることすべての短い歴史』
齋藤宙治法社会学『ボッコちゃん』星新一『法学を学ぶのはなぜ?』
杉山昌広気候政策The Right Nation『ファスト&スロー』
中野裕考倫理学『うんこになって考える』『やちまた』
納富信留西洋古代哲学『意識と本質』井筒俊彦『科学革命の構造』
橋川健竜アメリカ近代史『三くだり半と縁切寺』『アメリカ政治の起源』
橋本摂子社会学『悪童日記』三部作『文盲』アゴタ・クリストフ
藤崎衛西洋中世史『薔薇の名前』『祖国のために死ぬこと』
前川祐一郎日本中世史『「文明論之概略」を読む』『中世の罪と罰』
三枝洋一整数論『百年の孤独』『数学をいかに使うか』
村田優樹政治史『フェルディドゥルケ』ブルーベイカーの諸論考
矢島潤一郎生物物理『監視資本主義』『細胞の行動力学』
山口利恵情報セキュリティ『オリエント急行殺人事件』ニコリのパズル雑誌
米山正樹会計学『暇と退屈の倫理学』『実証理論としての会計学』

表に登場するその他の注目書籍

利己的な遺伝子 40周年記念版
利己的な遺伝子 40周年記念版
百年の孤独(新潮文庫)
百年の孤独(新潮文庫)
ファスト&スロー(上)(ハヤカワ文庫NF)
ファスト&スロー(上)(ハヤカワ文庫NF)

PDFは東京大学出版会のサイトから無料でダウンロードできる。教授たちの推薦文は、本の内容紹介というより「その本とどう出会い、何が変わったか」の個人史だ。アルゴリズムが弾き出す「あなたへのおすすめ」とは違う回路で、次の一冊を見つけてほしい。

参考

この記事は Claude Opus 4.6 が執筆しました。

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